マカロンの潜在意識

潜在意識の使い方について語っています

不足を手放す

なんかおもしろい事実に気がついちゃいました。

 

シンジさんの二極化についての動画をみたんです。

二極化のどっちに行きたいですか?ってやつです。

 

楽〜に努力せずにラッキーでこの世の中を渡っていくか

色々困難を乗り越えて達成したいか

 

たしかこんな感じでしたか。

シンジさんは楽に行きたいと言っていました。

実は私は色々困難を乗り越えて充実感とか達成感を味わいタイプなんです。

 

皆さんはどちらですか?

別にどちらが良い悪いとかそういう話ではなくて、単に好みの問題かとは思うのですが。

 

なんか私もじっくり自分で考えてみてどう考えても楽にラッキーに生きるほうがお得だとは分かります。合理的ですよね?

ですが私が味わいたいのは達成感とかなんですよ。

とかいっても私がどMとかではないですよ(笑)

 

こんなことわざわざ考えたことなかったのですが、私はもう既に「ラッキー」な体験はいっぱいしていて当たり前になっちゃってるんですよ。だから「もっとラッキーな事が起こらないかな」みたいな思考が出てこないのです。それよりも「もっとお金がほしいな」「もっと活躍したいな」みたいな持ってないものにフォーカスが行くのですね。

 

私がラッキーで手に入れたものを、実力で手に入れている人達がいてそれが心底羨ましいんです。(運も実力のうちとか、実力も運のうちとかいいますが、それは置いておいて…)

 

 

シンジさんは既に殆どのものを持ってるんですよ。そりゃ上を見たらきりがないけど社会的地位も、財産もたっぷりあり、愛情もたっぷりで、資格も持ってるしつまり実力もあり、もちろん幸運やラッキーな引き寄せもあるのですが実力と運を比べたら、比較したら「もっと劇的な幸運な出来事があってもいいかな」みたいな感じなんですよね。

私は運より実力が欲しいな〜なんです。

 

つまり私もシンジさんも、多分皆さんもそうだと思いますが、「十分に持ってない(と自分が思う)モノが欲しい」んですよね。(運も実力も持ってるのにね)

 

皆さんも多分私と同じだと思うのですが、まあ稼ぎはそこそこあり貧乏ではないけれどもっとお金があったらいいよね、とか。

色々ラッキーな引き寄せもできるけど「どひゃーっ、なんじゃこりゃ〜」とひっくり返るように劇的な事が起こってほしい。(だって自分に起きたことはすぐに普通になっちゃいます)

まあそれなりに恋人はいたけど、超絶にモテてみたい、とかね。

 

結構美人な人とかでも「でもちょっとここが不満」みたいな箇所あったりしますよね。

ちょっと足が太いとか、本人から見たら「ありえない、ひどい」みたいな意識です。多分他人から見たら「そこまで厳しく見なくても、十分素敵」だったりします。

 

こういう完璧を求める意識や姿勢、もう少しお金があれば、背が高ければ、鼻が細かったら、もう少し頑張っていたら、痩せたら、こういう思考って「向上心」をもたらしたり、「努力」をする動機づけみたいで良いことみたいに思いますよね?意識高いというか。

みなさんもそういう向上心があるから私の書いたものを読まれているのでしょうし。

 

 

ですが!

 

気が付きましたよ、私は。

この思考がダメなんです。

 

散々この潜在意識の世界では言われていて耳タコな言葉

「すでに完璧」

これが大事なんです。

 

今更それかよ、って思いますよね?

だけど本当にソレで、当たり前過ぎて面白みもなく「ああ、そうね 完璧」で素通りしちゃう。

だけどお金ある程度持ってるけど、これでは不安だから湯水のごとく使えるようなお金が欲しいと思ったとしたら、「湯水の如く使えるようなお金を既に持ってる」って言う意識にしないとだめなんです。

「私って魔法使い?!って思うくらい何でも叶う」みたいな意識にしたらそうなります。

 

つまり(潜在意識は)先に満たされてしまうんですよ、現実は満たされていないのに。

お腹すいてるのに、お腹いっぱい

お金もっとほしいのに、金ならいくらでもある

全然モテないのに、モテてモテて困っちゃう

 

虚勢を張る みたいな感じですかね。

ちょっと最初は嘘ついてる、見栄張ってる、背伸びしてるみたいなちょっとした違和感があるかと思います。

この考えは結構めんどうというか、難しいので

「お金あるけど、もっと欲しい」ではなくて

「お金ある」だけに焦点を当てて、不足に意識を集中させない。

 

美人が顔の細かい箇所に不満を持つのではなく、その例えば「毛穴が目立つ」みたいな部分には焦点当てないでざっくり「超絶かわいい」を受け入れる。

ここで’「毛穴のない美しい肌の自分」みたいな余計な意識を入れない。

だって毛穴のない美しい肌を持ってたとしたら、それは当たり前過ぎてひとくくりに「きれいな私」の中に入ってしまっているんです。

「いや、私は肌の綺麗さにこだわりがあって、食事も気を使ってだからそこは絶対に外せないんです」みたいな人はそれでいいですよ。ですがもし「毛穴」が気になっているとしたらわざわざ「毛穴のない」とか入れないほうがいいかなと私は思います。

 

このあたりは色々私の中でも反論があります。

毛穴にフォーカスして現実レベルで毛穴が消えるような商品引き寄せたり、美容外科の素晴らしい施術を引き寄せたりそういうのもいいんじゃないの?って。確かに現実レベルの対応も素晴らしいと思います。

 

ですがもっと大きな絵を見て、「美人で麗しい私」とか「美しく幸せな私」を受け入れて幸せになってしまえと思います。持ってないものにフォーカスしない。それが近道だと思います。なんか矛盾した表現かもしれませんが、「持ってないものを手放す」みたいな感じ。

 

 

不足を手放して、幸せになっちゃってください。